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孤盲猫を撫でる 3 ホモォの近代化 のお話 2 それは私のおいなりさん爆誕 [歴史関係]

 時は流れて大正浪漫。劇場の踊り子がマシンに乗って正義を貫き、帝都に悪魔が近づいている、そんな時代…のわけはねぇです。
 それでも現代社会において「大正」というのは政治・経済・天変地異・外交と言った切り口でも多く語られ、今なお文化と言う切り口では憧れを以て語られることが多いですね。ここのところは高度経済成長期がそれに近い語られ方をしますが。

 1912(T1)-1926(T15)
 さて、花村紅緒の先輩によって駆逐されていったホモォは大正時代をどう過ごしていたのでしょうか。既に明治末期には学生間のそれも下火になっていたところへまず1913(T2)、エビングの本『変態性欲心理』が再び出版されます。これは医療関係者以外にも相当読まれたようで、その後「変態」という言葉が一般化していきます。これ以前「変態」というと昆虫の変態などで使われるだけだった言葉が新たな意味を持ったわけです。
 ホモォへの風当たりは、この本の出版以降よりきつくなってしまったようです。そもそも大正時代は形式的ではありますが男女間の自由恋愛赤裸々に語る、と言った時代であり、男性間の友情と愛憎を語るという事はやや憚られたのではないでしょうか。
 この時期には男女の性愛に関する書籍の点数が一気に増えており「いかに女性を口説くか」であるとか「性衝動の男女差」に関するものが多く見え、その男女間の恋愛の外側、異常なものの一つとしてホモォは語られるに過ぎない存在でした。人々の興味が色々なベクトルに拡散していたわりに、このあたりは医学にせよ文学にせよ、そう言う切り口ばかりでした。
 例えば『川柳吉原誌』(1916:T5)では陰間に関する川柳を所収しています。書籍自体は江戸回顧の機運の中で花柳界の文化を補完する動きだと思われますし、陰間もその文化の一端と認めていたわけです。が、収集したわりには陰間川柳を「言語道断の破廉恥な蛮風」と切り捨てています。
 『性生活と両性の特徴』(1920:T9)では同性愛(レズを含む)を後天的変態とし、思春期に現れやすいとしています。『神秘なる同性愛』(同年)では学生・囚人・船員・労働者・会社員・商店員・軍隊に同性愛があり、特に軍隊に多く、学生の寄宿舎は「病毒の潜伏所」としています。ホモォ(この場合女性の同性愛も含むようですが)は病毒扱いされていたのでした。
 『変態心理学講義録』(1921:T10)ではエビングの研究の問題点を指摘したり、ホモォが芸術分野に卓越していることを指摘しており、変態性はともかく不可思議だけど認めるという立場を取っています。また洋の東西の歴史的な例を引き、文化的な進歩の度合いにかかわらずこうした行為が存在していることも指摘しています。
 
 社会自体アインシュタイン来日に象徴される科学万能主義的風潮や、それのアンチテーゼとしてのオカルティズム、西欧至上主義に対し江戸回顧と、百花繚乱であったわけですが、ホモォはひっそりと裏街道を歩いていたようです。しかしこの頃江戸川乱歩デビューし、その朋友でもある岩田準一が男色研究にのめり込んで、大正モダンが昭和エログロナンセンスへ移行していく胎動も起きていたのでした。少年愛、と言う部分では稲垣足穂がこの時代にデビューしています。
 
 ※岩田準一は竹久夢二の弟子で画家・挿絵師としての方が著名ですが、戦前唯一といっても言い男色研究家で、日本における男色関係書籍の収集研究をした人です。長くこの人の男色研究書(『本朝男色考 男色文献書志』:2巻合巻)は日の目を見なかったそうですが、2002に出版され、現在では入手困難ながら読むことが出来ます。
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